私が占いを始めたきっかけは、学生の頃の先輩からのお誘いだった。
「ゆか、占い好き?」
そんな風に言うもんだから、てっきり、占いをしてもらうんだと思って
「はい、好きです。」と答えると
「じゃあ習いに行かない?」
!!!!そっち!?
習うの? まぁとりあえずいってみるかー
「いいですよー」と軽い気持ちで占いを学ぶこととなった。
そこで出会ったのがタロット。
当時、何の占いかもよくわからないまま、
ひょんなきっかけで、占いの世界に入ったのだ。
占いは大きく分けて3種類
命(メイ)・相(ソウ)・卜(ボク)
命・・・生年月日などデータに基づく占い
相・・・手相や人相など表れているもの
卜・・・花びら占いやタロットなど
【卜】のタロットって、、、なんだか嘘くさいなぁ
というのが私の印象だった。
当時は、引き寄せだとか、波動だとか、潜在意識だとか。
そういったものは全く知らなかったし、見えないものを否定するわけじゃないけど、
それはなにか特別な能力がある人ができるもの、という認識だった。
特別じゃない私がタロットって出来るの?と半信半疑。
だけど、カードが意味するメッセージと流れを読むタロットは
通訳のようなもので、感覚ですぐできるようになった。
最初は、当たるとか当たらないとかどうでもよくて、ただ面白がってやっていただけだった。
あとは「タロットできる自分」に酔いしれることが出来て、そんなんが楽しい感じ。笑
もちろん、私自身に特別な能力があるわけではない。
それなのに、「当たる!」とよく言ってもらえる不思議。
「当たる」んじゃなくて、当たりに行ってるんでしょー。
だってタロットって花びら占いと同じジャンルだよ?みたいな。
そんな感じでしばらくは趣味で占いをしていた。
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月日が経ち、
結婚、出産、と慌ただしい日々を過ごしていた頃、【卜(ボク)のタロットは信用できない!】と四柱推命の勉強を始めた。
そこで間もなくやってくる大殺界というものを知った。
それはそれは怖くなり、「大殺界」という言葉に怯えた。そこからスピリチュアルというものにどハマりしていった。
掃除がいいと聞けば、
子どもが寝静まった夜中や明け方、修行僧のように床や玄関たたきの雑巾掛けに励んだ。
大殺界ってきっと怖いんでしょ?
だってとんでもない言葉だもん!と怯え、新米母の私は奮闘していた。
日々の子育てと家事に追われ、
仕事を復帰しても尚、
雑巾がけとスピリチュアルの世界にどっぷり。
何かわからない【 大殺界 】に対して怯え、勝手に眠れない日々を過ごしていた。笑
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それから満足のいくまで四柱推命や手相人相を学び、
怯えていた大殺界も、怯えるものではないことがわかった。
今ではタロットも信頼している。
ちなみに雑巾掛けの気持ちよさを知り、雑巾がけは今も習慣となった。
ひょんなことがきっかけで始まった占いも、ここまで向き合うことが出来たのは
結局占いが好きという気持ちがあったのと、私に【恐怖】があったからだ。
大殺界という未知の恐怖を知り、安心したいという気持ちがあった。
昔から占いは人々の生活に寄り添っている。
なぜ、人々は占いをするのか?
それは
【 わからないことへの恐怖心 】を持っているからだ。
占うテーマは時代と共に変化している。
現在の3大テーマ
【恋愛・仕事・金運】と言われているが、
大昔の3大テーマ
【天候・収穫・天災】であった。
つまり、大昔は命に直結することが占われていた。
だが、「未来がどうなるのかわからない不安」という心理は昔も今も変わらない。
人は肉体という限りある命を持って生まれてくる。
そこには「命を失う不安」や「時と共に変化していく不安」を
初期設定で持ち合わせて生きている。
誰もが抱える、失うことや、変化に対する恐れ。
占いはそういった、恐れや不安の正体に応えてくれるツールだ。
しかし占いは選択肢の一つ。
きっかけの一つにすぎない。
占いというツールを使うとき、大事なことがある。
それは、自分で舵を切るということ。
「占いで決めてもらおう」ではなく「あなたが占いで決める」という自分主体の選択することだ。
あなたの人生はあなたが舵を切る。
占いというツールがポジティブな選択肢になるといい。